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『言葉と物』 ミシェル・フーコー著 渡辺一民・佐々木明訳

その1

ウチは朝日新聞だが、近頃広告の多さが目に余る。これに比べると、たまに買う日経新聞は実に丁寧な記事が満載で読み応えがあるのだが、ウチのカミさんが経済ニュースばかりでイヤだというので仕方なく朝日新聞にしている。

それはさておき、朝日新聞の一面にフーコーの「パノプティコン」の解説(4/18刊)があるのを目にして驚いた。今やフーコーもここまでメジャーになったかと思うと感慨深いものがある。記事の内容自体は別にフーコーを援用する必然性は感じられないのだが、少なくとも朝日新聞の読者はフーコーぐらいは常識となっているようだ。

ということで、今さらながらのフーコーであるが、現代思想の中では最も読み易く、前提知識がなくても、一応分かるように書いてある。(パラケルススやビュフォンなどを事前に読んでいる人は少ないだろう)にも関わらず、中心は明瞭だが周辺の隅はぼかしてある絵のような曖昧なところもある。ここまでは分かるが、ここは分からんと指摘できる程度の明瞭さがある。ドゥルーズなどは全体がよく分からない。
ドゥルーズデリダとの根本的な違いは、『言葉と物』の時期のフーコーは方法論としてレヴィ・ストロース流の構造主義に近いという点である。
歴史上の各時期において現代の思考とは異なるエピステーメーを想定して、現代人からみると一見混乱したような過去の書物の記述内容にもそれなりの一貫性を見出すところなどがそうである。
例えば、十六世紀の百科事典は十七世紀後半のものと比較して、正確な記述、伝聞、つくりごと、解剖学的構造、紋章、神話などが混然となっており、アルファベット順にもなっていない。このことについて、フーコーは、十六世紀の博物学者は「ビュフォンにくらべて、信じやすかったのでも、視線の正確さや物の合理性に執着しなかったのでもない。ただ、彼の視線は、ビュフォンとおなじ体系、<エピステーメー>のおなじ配置によって、物につながれてはいなかったのだ」(65頁)と述べている。
このような洞察がどこから得られたのか不思議であるが、私は次のように推測している。
フーコーは表立ってハイデッガーを論じていないが、評伝では相当ハイデッガーに凝っていたことが知られている。
したがって事物の認識に言語が深く関わっていることは自覚していたはずだ。そこでこう思ったに違いない。各時代の言語観が異なるのであれば、その世界観(諸科学)も異なっているだろう。すると過去から現代へ認識が水平進化しているように見えるのは錯覚であり、むしろ各時代はその時代の言語観を中心として垂直に諸科学を統合しているのではないか。当時の文法書に類似しているのはその後の言語学ではなく、当時の博物学であり、富の分析であり、同様に博物学も富の分析もその後の生物学や経済学へ進化したのではなく断絶があるのではないか。
この本ではその結果だけが述べられているのだが、おそらくフーコーは各時期の文法書を範例として各時期の<エピステーメー>を推測したに違いない。
フーコーはこのことを事前に説明せず、いきなり、十六世紀の認識は<適合><競合><類比><共感>の四つの要素で構成される、と御託宣のように述べるので、面食らうのだが、原註をみると当時のグレゴワールの修辞法や、クロリウスの外徴論を参照していることが分かる。
また古典主義時代の<エピステーメー>についてはポール・ロワイヤル論理学やコンディヤックの文法を参照している。
すると現代の諸科学はソシュール言語学と関係していることになるが、フーコーはそれを言語学の諸科学への応用とか適用ではなく、時代の思考そのものが言語学と諸科学を結びつける同一のエピステーメーに拘束されているとみるのである。
このことをフーコーハイデッガーのように思弁的に展開したのではなく、図書館に閉じこもって実際に各時代の厖大な文書を読み解いてそのことを実証している。このことによって、時代を貫いて同一の言語観が連続しているのではなく、それぞれ異なる言語観が当時の諸学問を支配していたことが示されている。
これがどれほどもの凄い発想であり企てであるか、それは例えばレヴィ・ストロースラカンソシュール言語学を人類学や精神分析に応用したわけだが、それと同様のことをフーコーは過去に遡って各時代の言語学に基づいて各時代の諸学問との関連を分析していることを思えば明らかである。したがってフーコーの思想においては現代の人類学や精神分析といえども安らぎはない。過去の諸思考との差異が炸裂している。すべての学問の境界線が流動的になり、出所不明の妖しさに煌めいている。
吉本隆明フーコーがこの本において、「マルクス主義は十九世紀の思考において水のなかの魚のようなもの」(281頁)と書いているのをとらえて、マルクスを始末していると考えたようだが、フーコーマルクスを差異として見ていたのではないか。それは否定的というよりは、むしろ生産的である。
つまりビュフォンやアルドロヴァンディの著作について、まったく現代人とは異なる差異の思考として捉えることができたように(それは生産的で刺激的である)マルクスについても現代とは異なった読み方の可能性があるのではないか。この可能性が継承発展されていないのは、この部分について誰も差異を肯定していないからだ。

 

その2

本書はニーチェの「神の死」に対して「人間の死」で有名になったのだが、どうして「人間の死」という結論が出てくるのか考えてみたい。
「人間の死」に反発した人々に対して、それは悪質な誤読であると評する連中もいるが、反発はあっても誤読はない。なぜなら、フーコーは「人間の死」について具体的に何も説明せず、ただそう主張しているだけであり、誤読するような内容がないからである。
この点、フーコーは慎重であって、人間が「最近の発見」(409頁)であること、「あらわれた以上消えつつあるものだとすれば」(同頁)と保留のうえで、人間の消滅を予告しているのである。
したがってフーコーの結論を論評するためには、「人間の死」をめぐって検討するのではなく、「人間の誕生」をめぐって検討するのがフェアなやり方だと思う。
この点については、まさしくこの本全体が詳細に有無を言わせぬまで説明しきっている。だからこの本は読むべき価値があるのだ。
人間が「最近の発見」であるとは、フーコーによると古典主義時代の後の19世紀における発見ということだが、もちろん常識で考えても古典主義時代にも人間は存在する。古典主義時代というのは変な用語だが、フーコーによると17・18世紀の表象中心の時代である。ただ、人間概念が17・18世紀と19世紀では異なっているということである。
このことをフーコーは経済学、博物学言語学などの諸学問分野における断絶によって知の配置が変わったと用意周到に説明するのであるが、これらの断絶を一方的に主張するのではなく、当時の文献を引用しつつ主張しているのである。
それではこうした知の配置の変化によって、人間が発見されたとはどういう意味か?
フーコーは言明しないが、一般文法・富の分析・博物学などの知によって構成される古典主義時代の人間が表象中心の人間概念であることは自明である。
これに対し19世紀以降の人間は、表象を超えた労働・言語・生命の中心となっている。つまり人間の発見とは、表象を超えて表象を基礎づけるものとして人間が発見されたということである。
この本の最初がベラスケスの「侍女たち」の分析からはじまるのは、「王の場所」が不在であることで、絵の中の表象関係を基礎付ける人間が不在であることを示したかったからである。だからといって人間そのものが不在というわけではない。あくまで表象を基礎づける人間が不在であるというに過ぎない。王は実在したのだから。
したがって「人間の消滅」とは眼差しの変化ということである。同じ対象を見ていながら、異なったものを見ている。古典主義時代の人間と現代人とは明らかにそうであることがこの本で実証されている。すると未来の人間も現代人とは別のものを見るであろう。そのような洞察がフーコーのように慰めをもたらすかどうかは別としてスリリングであることは確かである。

 

その3

とはいえ、フーコーは確かに17・18世紀の古典主義時代に人間は実在しなかったと断定している。これはやはり言い過ぎというか筆のすべりというか、無理筋ではないかと思うのだが、面白い人だ。気になるので引用してみよう。

古典主義時代の思考のなかで、そのために表象が実在する者、模像とか反映としてそこにみずからを認知することによって、表象のうちにそれ自身を表象する者、「表のかたちにおける表象」の交叉するあらゆる糸を結びつける者、そのような者は、それ自身けっしてそこに現前しているわけではない。十八世紀末以前に、<人間>というものは実在しなかったのである。生命の力も、労働の多産性も、言語の歴史的厚みもまた同様だった。<人間>こそ、知という造物主がわずか二百年たらずまえ、みずからの手でこしらえあげた、まったく最近の被造物にすぎない。けれども<人間>は、すみやかに老化したがゆえに、数千年のあいだ物陰でおのれのついに認識されるであろう照明の瞬間を待ちつづけていたかのように、容易に想像されるのであった。(新潮社版328頁)
Dans la pensée classique, celui pour qui la représentation existe, et qui se représente lui-même en elle, s'y reconnaissant pour image ou reflet, celui qui nous tous les fils entrecroisés de la « représentation en tableau », - celui-là ne s'y trouve jamais présent lui-même. Avant la fin du XVIIIe siècle, l'homme n'existait pas. Non plus que la puissance de la vie, la fécondité du travail, ou l'épaisseur historique du langage. C'est une toute récente créature que la démiurgie du savoir a fabriquée de ses mains, il y a moins de deux cents ans : mais il a si vite vieilli, qu'on a imaginé facilement qu'il avait attendu dans l'ombre pendant des millénaires le moment d'illumination où il serait enfin connu.(gallimard p.319)

原文では斜体のl'homme が翻訳では<人間>とカッコ書きになっている。
ただ、翻訳では<人間>が3回出てくるが、原文では、l'hommeは一箇所しかなく、前後はすべてcelui pour quiとかcelui quiというように関係代名詞、あるいはC'estとかilなど代名詞となっている。
つまり、フーコーの言う実在しないl'hommeは、一瞬姿を現して消滅するのだ。
フーコーはベラスケスの「侍女たち」の分析において、絵の手前にあり、絵の中の画家が描いている人物がフェリペ四世とマリアーナ王妃であると説明した後、「言語と可視的なものとの関係を開かれたままにしておこうとするならば」「固有名詞を抹殺し」なければならいと述べている。不在の場所にいるのがフェリペ四世だと言ってしまうと、絵の中の表象分析が不要になるということだ。「したがって、鏡の奥に映っているのはだれか、知らないふりをしなければならない」というわけである。
この第九章の文は、その絵の分析に対応するものであり、「表象の交叉するあらゆる糸」は「侍女たち」の視線の交叉に対応している。したがってその不在の場所にいるものが、<人間>であることを知らないふりをしなければならないのだ。l'hommeがここだけ斜体であるのは、それが鏡の反映だからではないか。そして確かに言葉としてのl'hommeは文中から消滅している。だからフーコーが実在しなかったという人間は本物の人間ではなく、鏡に反映した斜体の<人間>なのだ。

こうしてみると私はあまり深く考えずに引用したのだが、まさにこの原文の一節が、ベラスケスの「侍女たち」を模倣していることが分かる。中央の鏡に写る王の位置に<人間>l'hommeが写っているのが見える。
フーコーがなぜ人間が発見されたとか消滅するとか、人の神経を逆撫でるようなことを言ったのか、あまり真面目に考えてはいけないのだろう。それは巧妙な言葉遊びというか、この本全体がとてつもなく息の長い一個の洒落でもあるようだ。だが、それは現実へ到達することをあらかじめ断念した比喩のように美しい。
私としてはたとえ比喩であっても良い、副産物で充分ですという感想をもつ。