『詩学講義 無限のエコー』 吉増剛造著

この本を読んでいると、“ひょっとして観念奔逸、連合弛緩かも・・・”と思ってしまうのだが、そう思うのは読み手である私が息苦しい自我にとらわれているからではないかと思う。俗人として読むとどのような詩も観念奔逸であるようにみえる。
例えば書き出しが中原中也についてであるが、「中也」を「チュウヤ」ではなく、「ナカヤ」と呼び換えることを提案している。
世間に逆らうような、そういう大胆な提案を行うのであれば、普通ならその読み方の正当性を検証するはずであるが、著者にはそういうことには一切関心がないようである。
著者はただそう呼び換えると名前の母音がすべてa音になるとか、そういう読み方があることを唐十郎から聴いたとか、唐十郎も「なにかの本に書かれていた」とか、「チュウヤ」という読み方は空也上人を連想させるとか、大岡昇平が「最中じゃあるめえし・・・」と「チュウヤ」と読むことを強硬に主張した逸話などについて言及するだけである。
うっかり読み流すと本来の読み方は「ナカヤ」が正しく、大岡昇平が「チュウヤ」という読み方を普及させたように誤読してしまうのだが、著者はそんなことは主張していない。
ただ、様々な言葉が無秩序に繁茂して、名前の読み方の正当性自体が不問になるのである。このような読み方の揺れが、書名である『無限のエコー』の方法かもしれない。
それにしても著者による詩の解説は、それ自体が詩のようであり、他の評論・評伝とはまったく異なる魅力がある。
例えば「ホラホラ、これが・・・」の「ホラホラ」の不思議な発声についての指摘、有名な「汚れつちまつた」の発声が東京生まれの親友の口調を真似たものであるとかの指摘である。そういえば中原中也山口県出身だから、東京弁を使うはずがないのである。そんな単純なことにこれまで気がつかなかったのであるから、いかに言葉に鈍感であったか思いしらされる。また「トタンがセンベイ食べて」から「センベイの凹凸、口の中に含んだ時の赤ん坊の感覚」「トタンの塀がバリバリ音を立ててること」「子供たちが棒か何かで、トタンの板にガタガタと触っていくような、ああいうふうにして歩いて行く時の、遊びとも、無上の幸せの刹那の重なりの情景」などの指摘によってトタンとセンベイとのつながりが解明され、中原中也の詩から倍音のようにエコーが広がっていくようであり見事である。
詩学講義』とは堅苦しい題名であるが、著者は詩を素材にして趣くまま自由にエコーを響かせている。
私は柳田國男を読んだことがなかったが、著者によると「将来は日本のマルセル・プルーストと言われるように」なる日が必ず来ると断言しているので、読んでみようという気になってきた。
それにしても入り組んだ話が続くのだが、途中で吉増剛造の『絵馬』をフランス語訳した詩人の関口涼子の講演もあり、これを読むと実に読みやすい。一読すると、関口涼子吉増剛造よりも、自分へのこだわりが強いように思えるのだが、(例えば「そのような環境で自分が何か表現したい」「自分の表現したいもの」など)これは多重言語による自我の複数性の探究という方法によるものと思われる。(「自分も別の書き手になっている」など)
さらに萬鐵五郎や瀧口修造武満徹について講義が続くのだが、「詩学」という趣きではない。吉増剛造による講義と受講者の「裸のメモ」によって詩的空間が共同創造されているようである。
私の視力では、極小ポイントの小文字による挿入文の判読はつらいものがあるが、萩原朔太郎に関する文となると不思議に読めてしまう。それにしても厖大な挿入である。
昔の吉増剛造の詩にも、詩行の間に、息の長い散文が字下げにより挿入されているスタイルがあったが、そのスタイルが発展深化したもののようである。
吉増剛造は、萩原朔太郎の読点”、”の使い方に、「光るナイフの跡」「地下からの“夜の戸の音楽”」「”夜の別の手”」をみており、「朔太郎の全詩行の直下には、この打鼓」があるとしている。そういえば吉増剛造の詩自体にも独特の読点”、”の使い方がある。これは萩原朔太郎からの影響かもしれない。無根拠の技法ではないようだ。