『経済学の宇宙』 岩井克人著

本書は日経新聞連載に加筆されたもので、初めのうちは一応インタビュー形式となっているが、内容は自叙伝そのものである。赴任先の米国やイタリアの情景描写も豊富であり、岩井理論の発展過程が実人生とともに平易に語られていて興味深い。
また以前から感じていた著者に対する疑問も、この本で概ね解消された。
その疑問とは、著者は貨幣の価値を「自己循環論法」によって説明するのだが、すると価値の実体はどうなるのか、さらには著者の理論はいったい何を対象としているのか、という根本的な疑問である。
これは著者の到達点から逆にみると理解できるのだが、著者が狙っているのは社会科学の新たな対象の創造である。社会科学においては様々な分野で「実在説」と「名目説」との対立という古風であるが未決着のままウヤムヤにされている問題があるが、それは社会科学の対象が曖昧ということでもある。
実在説でも名目説でもない第三の立場として有力視されているのが「オートポイエーシス」であり、著者も親近感を示しているが、それはまだ言葉に過ぎない。第三の立場によって具体的に社会科学の諸問題を解決できるかどうか、成果が示される必要がある。
この点について、著者の『貨幣論』における「自己循環論法」や法人論における「ヒトとモノの二重構造論」は、まさに「実在説」と「名目説」との対立を超越する第三の視点を具体的な学問成果として提示したものであると言える。
貨幣の価値は労働価値ではなく「自己循環」だという著者の『貨幣論』は今一つしっくりこなかったのだが、社会の実体は名目でも実在でもなく「自己創発」だという思想の貨幣論における具体化だと捉えると、著者の狙いは理解できる。
著者の法人論は失礼ながら主流派から離れた経済学者の余技という印象だったが、本書を読むと「エージェンシー理論」の批判であることが明解である。つまり主流派経済学のエージェンシー理論に相当するものが、岩井経済学の法人論である。
著者は医者と意識を喪失した救急患者を例として分かり易く説明している。この場合、医者の行為を律するのは信任関係であるが、これを契約にすると預託者である患者は意識がないので医者の自己契約となる。自己契約は契約ではないから、カントによれば、それは法律ではなく倫理の問題となる。そして、この関係を経営者(医者)と法人(救急患者)との関係にあてはめると、信任関係が資本主義の中核にあることになる。
だが、著者によると経済学においては「倫理」は稀少資源であり、アダム・スミスの見えざる手のように私益追求が「パレート最適」になる仕組みを探究する必要がある。
それがエージェンシー理論であり、医者が患者を救うと巨額の報酬を与え、患者が死ぬと解任するというアメとムチで、コントロールする方法である。これを企業統治にあてはめると、経営者が株式価値を高めるとストックオプションで報酬を与え、株式価値が下がると企業買収で経営者を解任することに相当する。この方法で、経営者の私益追求が、株主の利益につながり、情報の非対象性の問題が倫理抜きで解決できるというわけである。だが、その考え方が米国における格差拡大の原因となっていると著者は指摘している。
これに対し、著者は独自の法人論で批判していくのだが、主流派経済学をふまえたうえで敵の土俵において批判しているので、ピケティなどにみられる格差批判よりも具体的かつ本質的な批判となっている。
本書は経済学だけでなく、法学、哲学、歴史、文学などの多様な分野にわたって深遠かつ斬新な発見があり、読んでいて幸福を感じる。